先日拠のない用事で実家に行ってきた。
家自体はだいぶ古びているのだが、以前壁紙を貼り替えたので今ではぱっと見は新しく見えるし十分明るい。
ちょいとゾッとするような薄暗い古民家とかお化け屋敷になりそうな静かな田舎のおばーちゃん家って感じは無い。
だが、ソレを見た時はギョッとした。
足を部屋に一歩踏み入れた私からは「え・・・?」と掠れた声が出た。
壁を凝視したまま固まる。
さながらホラー映画のワンシーンのような状況で、私はお手本の反応をするしかなかった。
映画であればこの後に真後ろか足元からナニカが出てきてナニカオキル。
その後を知ることも叶わぬ恐ろしいことが。
しかし、いくら待てども何も来ない。
でも目の前の光景は生まれて初めて見たので、どうしたら良いのかわからなかった。
それは、部屋の壁全面に貼り付けられた大量の髪の毛。
隙間なくというほどでは全くないが、ちょいと模様のような状態だ。
どうやって張り付いているのかわからないが、満遍なく広がって壁にまとわりついている。
古ぼけた部屋ではなく新しい雰囲気の部屋でホラーの王道「髪の毛地獄」というミスマッチな状況に私は違和感を覚えた。
そして真っ白い壁に黒い毛のコントラストという見た目が異様なおそろしさを掻き立てたのだ。
とりあえず怖いので一旦見なかったことにした。
ソッとドアを閉めて一目散に両親のいる部屋に駆け込み、住んでいる当人達に確認を取った。
あれは一体なんなのか。
すると、またもや王道の反応が返ってきた。
「えー?なにそれ?知らないよ」
私は呑気に返事をする両親にゾッとした。
あんなにびっしり壁についた髪の毛を知らない・・・だと・・?
こうなったら再び確かめに行くしかない!
こういう時、ホラー映画を見ている側からすれば「屈強な人を10人くらい応援に呼んで皆で確認しに行けばいいのに」と思うだろう。
たった一人でなんて愚の骨頂である。
だが、それよりも"正体を知らなければならない"という妙な使命感に支配されてしまうのだ。
私も例外ではなかった。
それに怖いが、その部屋で早く済ませたい用事があるので行かないという選択肢はない。
勇気を出して握り拳に力を込め、今一度その部屋を訪れる。
すると、やはりそこにあった。
部屋の壁全体に毛・毛・毛。
・・まぁ改めてよくよく見てみたら誰の髪の毛なのかは明白だった。
アッサリとお化けの正体見たり、である。
お化けじゃないんだけどさ。
そんなこんなでジッと見ているうちにようやく夜明けの光が差しこんできた。
日の光が白い壁を照らす。
父の儚い髪の毛も。
これはもう髪の毛っていうか産毛みたいな・・・ううん、なんでもない。
ともかくこれは父の髪の毛である。
そういえば、父はハゲ予防とスタイリングの為にドライヤーで上向きに風を出して髪を整えていることを思い出した。
それによって飛ばされた髪の毛が凸凹のある壁紙に引っかかったのではなかろうか。と推測される。
普通の太い毛なら重さでそのまま落ちるが、産毛のような細さのせいで上手く引っかかったまま落ちてこないのだきっと。
この事実を本人に教えるのは酷だ。
あんなに毛を大事にしているのに。
「毛生え薬を使っているから毛根が強くなったんだ!」とか「前より立ち上がっているでしょ」などと可愛いことを言ってヘアスタイルを見せてくる父に伝えられるわけがない。
しかしながらすでにこの髪の毛地獄の存在を伝えてしまったものだから、真実に気付く前に秘密裏に処理しておくべきだなと思った。
でもまぁ歳のわりにはちゃんと生えている方だろうということは父の名誉の為に言っておこう。
ハゲてはいない。儚いだけなのだ。
そして、毛だらけの壁に本人が一切気が付いていないし興味も無さそうのは好都合である。
一旦綺麗に掃除して再び同じような状態が出来上がっても、多分老眼で見えないから問題ではないのだ。
そういうわけで私はさっそく小さな箒でサッサっと壁を履いてみた。
ヒラヒラ落ちていく父の髪の毛達を見た時、なんとなく寂しいというか勿体無いからまとめて父の頭に植えてあげたい衝動に駆られる。
が、そりゃ不可能なので更にキュンとなった。
もう次回の父への誕生日プレゼントはヘアケア用品に決まりである。
儚い産毛・・・いや、頑張って生き延びている髪の毛にパワーを送れるような良い毛生え薬を探そうと思う。
作成者 実は自身もハゲかけ部分の産毛を気にしているので父で試そうと思っているあかね