勇敢なバス運転手さんへお礼の気持ちを込めて

だいぶ前のことなのでもう話しても大丈夫だろう。

とある勇敢なバス運転手さんのお話である。

 

それは私が夜遅くに乗ったバスで起きたことだ。混雑しているバスに途中の停留所からすごい人が乗ってきたのだ。ド金髪チビの慇懃無礼なジジ・・・いさんである。


こんな言い方は失礼なのは重々承知だが、モラルも何もあったもんじゃないといった人だったのでまぁいいだろう。ということにしてほしい。丁寧な言い方なんて意地でもしたくないような人だったのだ。

 

頭髪は黄色に近い金で、そのビビットカラーとツンツンの髪型からはドラゴ◯ボー◯のスーパー◯イヤ人を連想させられる。背はかなりチビっこい。150cmのクリ◯ンくらいだろうか。どうやら片足が不自由なようで、乗り込む時はヨイショヨイショと歩きづらそうに乗ってきたのだが・・・もう最初からすごかったのだ。

 

なんか一人でブツクサと喋ってるな〜と思ったらいきなり目の前にいた乗客に

「なんだ、何見てんだこの野郎。」

の一言。

 

ちなみに目の前の方は車椅子に乗り前を向いていたけれど、初見からガン飛ばしてくるジ・・・おジジの目線が気になったから嫌々視界に入れた、と言う程度だ。そんな第一声を聞いた周りの空気がピリッと張り詰めるのを感じた。

 

そんなにガン見されたら誰だって見るさと私は心の中で思ったが、金髪おジジはとりあえず理由をつけて絡みたいのだろう。車椅子の方は「すみません。なんでもありません」と丁寧に返した。

するとそのすぐ後に、わざと足を別の人に引っ掛けて

「こっちは足悪いんだよ!何足引っ掛けてんだ!」

などと絡み始めたのだ。

 

それを見て「あぁかまってちゃんだな」と誰しもが思ったことだろう。世の中、寂しい気持ちがあるとこういう事をする人がいるのだ。そうした背景には同情するが、だからといってモラルが崩壊していても許されるわけじゃない。

 

そうしたやりとりを見た周りの人はなるべく関わらないようにしている。しかし、その金髪おジジはそれを許さなかった。とにかく周りの方とお話ししたいようだ。

「なんだ、この野郎」

「何見てんだ」

などと言ってはメンチを切るが、終いには誰も目を合わせてくれなくなった。

それに腹を立てたのか、再び先程の車椅子の方に絡み出したもんだからみんな焦った。

 

だが、周りの方がどんなに大人な対応をしてもどうしても大人しくしない金髪おジジをそのまま放置するはずもなく、運転手さんが停留所でバスを止めて運転席を立ち上がったのだ。

一応それまでも多分牽制のつもりもあって、誰かに絡むたびに「バスが動きますのでおつかまりください」とか色々と声をかけてくださっていた運転手さんもしびれを切らしたようだ。

 

ちなみにその時私はドキドキしながらも眠気に勝てずにうつらうつらしつつ、視界に入っていた金髪おジジの奇行を観察していた。そしてその時私の頭の中では「奇行といえば進撃の◯人だな」などど想像し、そのテーマソングが流れると共に巨人の姿が思い浮かんでいた。暴れ具合と表情の歪み具合がちょいちょい似るなぁと。でもすぐにそれは流石に失礼かと思って2割くらいは訂正しておいた。

 

その人に対する気持ちとしては「嫌だな」というのが一番初めにあるが、それと同時に寂しいのにきっと誰も構ってくれないからスーパー◯イヤ人になって暴れるようになったんだろうなぁと思った。小さい子供がかまってもらえず癇癪を起こすのと同じである。そう考えるとちょいと可哀想・・・とも思ったが、そもそも”口も悪けりゃ手も足も出る良い歳の大人”だということを考えると同情の気持ちもプシューと空気が抜けていった。人に迷惑をかけるのは間違いだ。

 

ということで運転手さんが金髪おジジのところまで来たのだが・・・その運転手さんを見て圧倒された。

 

とりあえず、とても背が高い。座っていたから気づかなかったが190くらいありそうだ。それにとても恰幅が良い。制服を着ていると体型は分かりにくいはずだが、ラグビーでもやってるのかというような筋肉質な体型でとても強そうだった。

そんな運転手さんを見て気圧されたのか、少したじろぐ金髪おジジ。と周りの人。私は心の中で「巨人のエ◯ン登場やん!」と盛り上がりつつ、ハプニングに弱いので心臓がバクバクし始めていた。そしてひたすら誰も怪我しませんように!などと願った。

 

チビっちゃい金髪おジジとそれよりふた回りも大きそうな運転手さん。でもプライドがあるのだろう。下から天を見上げるようにして「なんだよ!何もしてねぇだろ!」と喚き始めた。

 

いや、めっちゃ色々してるよ。忘れたんか。と突っ込みたいけどそんな恐ろしいことは心の中で呟くしかできないチキンな私。勇気があってもそんな火に油を注ぐ行為はやっちゃダメだけど。

 

しかしそんな風に吠えたところで運転手さんは微動だにせず、淡々と次のように告げた。
「他の方に迷惑をかけているのでこちらで降りてください」
とても優しいけれど力強い声ではっきりとした口調。それを聞いた途端、多分おジジ以外の乗客全員が安堵した事だろう。すごく頼れる運転手さんだ・・・!と、ヒーローが登場したような安心感のある空気が漂い始めた。

 

しかし金髪おジジは負けてなかった。いや正直言うと負けているんだけど、それをどうしても認めたくないといった感じだ。
「テメェ名前言え!名前!」
「はい、◯◯と申します。」
すかさず冷静に返されたことに焦るおジジ。
その後「お、俺はヤ◯ザだぞ!組のもん呼ぶか!?」と叫び出した。

 

それを聞いて私は逆に冷静になれた。
というのも、昔とあるお巡りさんに教えてもらったのだが「自分のことを『ヤ◯ザ』と自己紹介する本物の方は居ないよ。そもそも恐喝罪になっちゃうし、そんな安っぽい脅しをしたらむしろ怒られるのはその人自身だよ。まぁ本物ならね。」みたいなことを教えてくれた。

 

あと組の名前を出さないであえて「組」とだけ言うのも変らしい。例えばお巡りさんが電話口で「警察官ですが」と挨拶することってないと思う。所属がわかるように「◯◯県警の者ですが」とか言うだろう。社員として取引先とかに電話するときもそうだ。「私、会社員ですが・・・」なんて言わない。なぜなら、自分の身分をしっかりと証明するためにはちゃんと詳細を明らかにする必要があるからだ。

今回の場合でも、今すぐ自分の身分を証明したい!と強く思っているはずなのにも関わらず、あえてそういう曖昧な言い方をする時点で怪しいわけだ。

 

とはいえそれだけでは判断できないので嘘確定ということではない。私もそれを聞いただけでまるまる鵜呑みにはできないが、そういう傾向にあるということだけは心に留めておいた。なので結局はそんな事を言われた場合、一般人は大人しくするしかないのだ。

 

だがその運転手さんはそれを聞いても眉毛ひとつ動かさず一言。

「そうですか」

そう返した。

それを聞いた私は心の中で(きゃー!かっこいい!)と声援を送りつつ多分顔がニヤけていただろう。

 

金髪おジジはちょいとお口をあんぐりしたのち、また何か喚き出した。でも今度は何を言ってるかわからなかった。癇癪を起こしているのは分かったが、滑舌が悪すぎて最後の「ああん!?」しか聞き取れない。私はその「ああん!?」自体も現実で言う人がいるのね〜初めて聞いたわ〜と少し感動していた。運転手さんがあまりにも頼りがいありすぎて余裕が出て来てしまったのだ。

 

そんな風に地団駄を踏んでギャースカとわめく姿を見つめながら、運転手さんは顔色ひとつ変えずにソッと金髪おジジの背中あたりにやさーしく手を添えてドアの方へと促す。するとすかさず「押すなよ!」と突っかかる。しかし運転手さんは「いえ?押してはいませんよ?」と手を少し離す。ということを繰り返して、なんとか降車してもらうことに成功した。

 

運転手さん、強い。
実際に軽く叩いたら小さい人なんか飛んでいっちゃいそうな体つきなのでおそらく戦っても強いのだろうなとは思う。だがそうじゃない。こころが強い。それが側から見ていてカッコいいなぁ〜と思った1番のポイントである。

 

おジジは降りた後も車体をバンバン叩いて大暴れしていたが、バスは二度と開かなかったし運転手さんは「発車しますのでバスから離れてください」と再々にわたり優しく伝えていた。そうしてなんとかバスはその場を離れることに成功し、無事に終点にたどり着いた。

 

そして最後の運転手さんの対応にも私は心を打たれた。
「騒がしくしてしまい申し訳ありません。大丈夫でしたか?気をつけてお帰りくださいね。」と降車する人全員に声をかけてくださったのだ。

私は感動のあまりウルッときており、降車する時にしっかりお礼を言おうとしていたのに結局泣きそうになりながら「ありがとうございました」しか言えなかった。涙腺が弱すぎてきちんとお礼できなかったのは一生の不覚である。

 

あと他の乗客がその心遣いに対して何も言わずに降車していったのは正直イラッとした。お礼も言えんのかい!と。私もきちんとお礼できなかったので言えた立場ではないが。

 

その後にバス会社さんにお手紙でも送ろうかと思っていたが、私生活でてんやわんやしているうちに結局お礼を伝えることはかなわなかった。すごく後悔している。本当は今でも伝えたいけど運転手さんの名前は忘れてしまったし、何年も経ってしまったので今更になってしまうからね。

 

でもこうして「こんな勇敢なバス運転手さんがいたんだよ」と書き記すことができてちょいと良かったなと思う。

 

他にもとても丁寧に案内をしてくれる方や独特なアナウンスが面白くてつい聞き入ってしまう方など、魅力的な運転手さんがいらっしゃるバス。

これからも色々なバスを利用させていただきたい。

 

 

 

作成者 先日降車する時に盛大につまずいて転げ降りたら、通勤ラッシュの駅前でお外用のマイクで「大丈夫ですかー!!」と声をかけてくださった運転手さんに感謝しつつとてもとても恥ずかしかったあかね